柴幸男 インタビュー|高校演劇編

 横浜・STスポットにてvol.1『いつだって窓際であたしたち』が無事、幕を閉じてから一ヶ月が経とうとしています。いつ高シリーズは早くもvol.2『校舎、ナイトクルージング』に向けて稽古中ですが、話は少し戻りこちらではvol.1『いつ窓』前夜の三浦直之が、劇作・演出家として、そして高校生との作品作りでも「先輩」である柴幸男さんにインタビュー(悩み相談?)をさせていただきました。この日、長野で滞在制作をしている柴さんとSkypeのビデオ通話でつなぎ、東京にいる三浦のインタビューは始まりました。

 


 

 

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  1. 三浦:柴さんの演劇の芽生えはいつ頃でしょうか?

 

 

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柴:中学の時で、最初はお笑い芸人になりたかったんです。

 

 

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以下、三浦によるインタビュー。

 

 


 

 

 

──芸人を目指していたんですか?

 はい、でも挫折して。ちょうどその頃、三谷幸喜さんが『古畑任三郎』や『王様のレストラン』などのテレビドラマをやっていて、脚本家も面白い仕事かもしれないと。調べてみたら三谷さんは中学時代から演劇をやっていて。自分もやってみようと演劇部のある高校を探して受験したんです。そんなに強い学校じゃなかったけど学年全体で30人ほどいました。

──多い方ですよね。

 はい。変わっていたのは、僕の代で男子が6人も入ったこと。僕の1つ上の先輩が女子10何人に対して、男性は1人でした。

──部活の内容はどんな感じでした?

 まず4月と5月には1年生だけが出演する新入生公演がありました。それから東海地方は夏に大会がありまして、夏まではそのための作品作りで。冬は近くの保育園でクリスマス劇をやって、2月と3月は別の地区の高校と合同発表会をするのが年間のスケジュールでしたね。

──放課後は毎日、部活があるんですか?

 体育館で毎日やってました。バレー部とかがワーワーやってるところに緞帳(どんちょう)を降ろして舞台で練習してましたね

──僕も高校生の時に友達の手伝いで演劇やったりしたんですけど、柴さんも発声練習とかしたんですか?

 やりました、「あめんぼ あかいな あいうえお」って。エチュードとか高校演劇台本を抜粋して読んだり。うちは引っ張っていく顧問はいなくて生徒たちが勝手に活動してる学校だったので、特に訓練みたいな方法もありませんでした。

──自分で書くようになったのはいつごろですか?

 1年生の時は先輩が書いてて……。「サエコ先輩」という副部長の方がいたんですけど、サエコ先輩が書くものって決まってたから、2年生になったら自分も書きたいと思っていました。……なつかしいですね(笑)。しかも2年で引退で3年生になったら夏の大会に出る人はいないんです、だからチャンスは1回しかない。2年生の夏の大会に向けて5月ぐらいに台本会議があるので、春先から書いてたものをある程度持っていきました。修学旅行中も書いていた記憶があります。

──柴さん以外にも書きたいライバルが出てくるんですか?

 脚本出しの会議があって、既成でもオリジナルでもいいからみんなでプレゼンするんです。どの戯曲にするか全員で決めてからオーディションをしたり演出を誰にするかって話になるんですけど、僕はこの方法は良くないと今は思っています(笑)。

──殺伐としますよね(笑)。

 1年の時は僕は音響をやっていました。2年になる直前の合同発表会で俳優をやったんですけど、俳優としては別にいいかなって感じだったので、いよいよ台本を書きたいって思っていました。

──初めて書いた作品はどんなものだったか教えてもらっていいですか?

 いいですよ、すごい恥ずかしいんですけど(笑)。

 

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 三谷さんみたいなシチュエーションコメディと、今思えばキャラメルボックスっぽさが入ってました。あらすじは、ある高校演劇部が大会で今まさに上演しているという設定で劇中劇になっています。でも演出家の生徒が来なくて不在のまま上演してるんです。実は彼は劇場に向かう途中で交通事故にあってて、幽霊として出てくるんです。それで舞台監督とか、死神も登場して、舞台上で起きるトラブルをみんなで解決しながら上演を完遂しようとする話です。

──作風が今の柴さんとは想像できないですね。演出もやられたんですか?

 はい、でも全然演出した記憶がないんですよね。(戯曲を)書くのが一番かっこいいと思っていたんです。で、演出はどうしていいかよくわからなかった。練習はしていたはずなんですけど記憶がないですね(笑)。

──トラウマというか、暗い歴史なんでしょうか?

 自分は面白がってましたけど、台本と距離感がとれてなくて自分の作りたいものを作るんだ、みたいになっちゃってましたね。ちなみに夏の大会は1回戦敗退だったんです。言い訳すると、愛知県って参加校が多くて僕らの地区だけでも20校くらいあって次の県大会に行けるのは1、2校だけなんです。でもサエコ先輩が書いた作品と僕の下の代は県大会に行けてるのに僕は行けてない……。だから高校演劇大会コンプレックスというか、柿喰う客の中屋敷(法仁)さんとかマームとジプシーの藤田(貴大)さんとかに勝手にジェラシーを抱いているんです(笑)。高校演劇で全国行ったことあるのはちょっといいなって。

──柴さんは演出する時に照明、音響は指定してました?

 照明の記憶はほとんどないけど音響は指定してました。あと雪を降らせたので吊りの仕込み。場当たりはまず仕込みとバラシを10分でできるように練習するんですよね

──照明の仕込みはさすがに難しいから、今回の作品では超簡素にしてます。舞台美術は、机と椅子を運んで来て、窓際の話だから窓を吊るくらいのシンプルなものにしようと思ってます。高校演劇だと実際は30分くらいかな。大会だと場当たりもほとんどできないんですよね?

 それこそ30分~1時間だった記憶があります。僕は音響をやっていて高1の時にまだ「カセットテープ」だったのを憶えてます。「MD」も発売されてたけど、まだ各効果音やBGMごとにカセットを1本ずつ用意してました。再生押してすぐに音が出るように鉛筆でカラカラ回して、黒い部分が直前にくるように無音部分を調整しました。それで「〇〇高校場当たりお願いします」って言われた瞬間、カセット一気に並べて演出家にかけてくれって言われて再生したのを憶えています。

 だから裏方の記憶はすごくあります。学校の体育館でも仕込みとバラシの練習は何回もしました。最も効率的に仕込むにはどうしたらいいか、吊り物を誰かがいじってるうちに装置をこう置いたらいいとか競技みたいな感じですね。「ピットイン」みたいな(笑)。

──それは高校演劇ならではの醍醐味の1つではありますね。僕が友達の高校演劇を手伝った時は地元のお店にまわって広告載せさせてくださいってお金集めたんですよね。パンフレットに載せるんで「一口5000円」って駆けずりまわった記憶があります(笑)。

 僕が初めて書いた時は同級生と1年生の部員が出演してくれたんですけど、彼らのことは今も憶えています。もう一回、演出し直したいくらい(笑)。

──演劇部仲間と連絡をとっていたり、今も演劇を続けている人はいますか?

 一時期は連絡してましたけど今は連絡はとってないです。でも名古屋公演に来てくれたりはしましたね。しばらく演劇を続けてた人はいると思うけど、もう誰もやってないんじゃないんかな。

 

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──柴さんは『わが星』のあとに『わたしの星』で、舞台経験がそんなに多くない現役の高校生と作品作りをしてますね。僕はその経験があまりなくて、今回のシリーズはそういう拡がり方ができればいいなと思っています。柴さんが最初に高校生と作ろうと思ったきっかけを教えて下さい。

 『わが星』が戯曲賞をもらって出版され、他の方の手で上演されるようになって。それで高校生の上演をいくつか観る機会があったんです。それがちょっと僕らの上演の見た目の模倣にエネルギーをかけすぎているのがとても気になりました。戯曲とDVDが同時期に販売されたからしょうがないとは思うんですけど。またバンドのコピーじゃないですけど、方法を模倣するのはそれはそれでありだとも思うんですけど……。なんか申し訳ないというか、戯曲を世に広めた責任みたいなものを感じたんです。そもそも、あの戯曲は高校生が上演しようと思ってできるものなのか……。

 いや、ちがうな。たぶん戯曲というものは、どこかの田舎のおじちゃんおばちゃん、高校生がなんとなく読んでも、自分たちが普段、話してる現実とはちょっとちがうぞと思わせるもの。演劇的な素養のない人たちでもその言葉を発すれば特別な時間や空間を生み出せるもの。それを起こさせるものが戯曲じゃないかと考えるようになったんです。

 だから高校生が戯曲を手に入れて、やってみたら実際にやれて、なおかつトライする余地もあるような台本を作れないだろうかというのが『わたしの星』の最初のアイディアでした。

──戯曲の中にある程度の「自由度」を、なるたけ込めようという意図で書かれたんですか?

 高校生が演出する可能性もあるから、僕が演出しないと無理みたいな台本はだめだなって思ったんです。演出がほとんどないとしても、ただ声を出して読んでるだけで成立するようなことを想定しながら書く、そういう意味での「余地」ですね。あとは会話主体で劇にしてみたり、教室を舞台にして高校生がそのまま上演しやすかったり、努力の方向性を限定しやすい台本にしようって感じでした。それが第一目的だったから「あて書き」はしちゃだめだなと思ったんですけど、生身の高校生を集めてしまうとやっぱりせざるをえない(笑)。結局オーディションで選んだ子たちをよく見ながら、あて書きしてしまいました。

──お話を聞いていて、僕もシリーズへのモチベーションとしてシンパシーを感じます。今回は珍しく自分の中で台本が書き上がった状態で稽古に臨めているんです。

 素晴らしい、僕もそうすべきだった(笑)。

──でも、やっぱりどんどん書き直しちゃって、どうしてもその人の印象でリライトしちゃうんですよね。

 僕が台本公開した時も、語尾や性別を変えたかったら変えていいっていう許可の出し方をしていますね。全部の台本が手を加えるべきだってことではないですけど。

──稽古場でリライトや加筆修正してしまうのもあって、演技を「演出」するってどうすればいいのかなと。わからないのは、これくらいの間(ま)でこういう動きでセリフを言ってくれみたいな指示を与えると、むしろどんどん自分の見たいものからずれていってるぞっていう……。初心者みたいな恥ずかしい悩みですけど、柴さんは高校生とやる時に具体的な指示を出す方向でしたか?

 具体的な指示の連発は極力避けるというか、これは『わたしの星』の高校生たちに直接言ったんですけど、大人のやることを一生懸命マネしたり管理されてる高校生は見たくないから、いかに舞台上でイキイキできるか自由に振る舞ってるように見えるかを大事にしたいとは話しました。

──休憩でくっちゃべってる感じは面白いのにセリフを渡した途端一気に固くなるみたいなのはありました?

 それも、最初に台本の筋だけ把握してもらって台本は持たずに芝居をしてもらう。その後で台本を読みながら演技してみるってことをけっこうやりましたね。

 (平田)オリザさん流というか、登場人物の出ハケと、この人はここでこういうこと言うからそれに驚いてみて今度はこういうこと言ってみたいな、起こることは台本に全部書いてあるんですけど一回プロットの形まで戻して、エチュード的にやってから台本の言葉で喋ってもらいました。この子たちが勝手に好きでしゃべってるんじゃないかって見えたとしても、劇としてちゃんと成り立ってるようにしたいとそのときは考えていましたね。

──また高校生と演劇を作りたいと思いますか?

 『わたしの星』をまた高校生と作りたいです。

 また、今年の3月に中国で北京の高校生たちとワークショップをして『あゆみ』を作ったんです。高校生らしさは国がちがっても一緒だなと思いました。なんか身体がフニャフニャしていて重心が定まらなくて動きが止められない感じ。持ってるポテンシャルが人間として最も美しいのに、コントロールできる感じを一番持ってない、だらしなさがある。それを綺麗に見せたりだらしなく見せることが自由にできたらかっこいいし面白いって話を彼らとしました。10代の子たちしか持ってないものがあるんだって思えたからまた一緒に作りたいです。

 何回か大会審査員もやらせてもらいましたけど強い学校ってやっぱり先導してくれる顧問とかコーチ、OBがいることが多いんですよね。高校生より上というか、ちがう世界の人が先導しないと作品はまとまりづらいんです。考えてみれば同い年の人が同い年を演出して、しかも全員高校生で演劇経験がない中で作るって相当無理な話だなと思う。

 だから、高校生の演出のための手引きがあったらどうなるんだろうという妄想はしています。『ザ・スタッフ』という演劇のスタッフ仕事のことがほぼ全部載ってる、高校演劇ご用達な本があるんです。一番印象に残ってるのは「平台」(ひらだい)は1人で運べって書いてあったことなんですけど(笑)。また戯曲の書き方なら北村想さんが『高校生のための実践劇作入門』を書かれてます。僕も学生の頃は全くわからなかったので、高校生のための「演出」や「広報」、あと「稽古場」を作るにはどうすればいいかとか、なんかシアターゲームのやり方とか1個ずつのエチュードの方法ではなくて、作品を一本創作するための時間の流れ方と稽古場の作り方をまとめられないかなと思ってます。

──それは僕も読みたいくらいですね(笑)。

 やっぱり僕の台本を勝手にやってもらいたいなって思ってますので、そのためにはもう少し「演出」を配布というか、解放できないかなって思うんですよ。

 

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──演技を「演出」することができないコンプレックスがずっとあって、フルスケールの本公演じゃないから「演出」っていったい何なのかってことも考えられるような場所にしたいんですよね。

 僕も仕事でワークショップをする時に説明しないといけないので、嘘なのか本当なのか自分でもわからないまま言ってますけど、でもまあ「コミュニケーション能力が上がる」みたいな話は嘘というか、しゃべれなかった人が演劇で急にしゃべれるようになるわけではないと思います。

 でも演劇の特性を最近よく考えるんですけど、芸術でありながら構造的に必ず人間が2人以上で絡み合ってできてるものだと思うんですよね。しかもみんなで立体物、例えば机や椅子を作る場合は複数の人間が話し合いをしながら成立している「机」や「椅子」を作ることは可能です。でも演劇の材料は時間や空間や人間という不安定なものだし、そもそも成立しているかどうかの判断も非常に複雑なものです。

 そういう不安定なものを高校生が集団で作ろうとした場合、今までに経験したことがないくらい複雑な相談を体験するはずなんです。相談がうまくなる、とまでは言わないですが、なかなかうまくいかないことぐらいはわかるようになる。 見えないものを人と作るって大変だということがわかる。子供や年寄りの方などあまり日常で相談しないで生きている人も、演劇を作るプロセスによって相談しないといけない目に遭うという点は、音楽とか絵を描くなど他の芸術にはない要素の1つだと思ってます。

 勝利条件が決まってないスポーツをするような感じですね。勝つためにどうするかという話をスポーツならまだできますが、演劇ほど、抽象的なものを他人と作らなきゃいけないことって少ないんじゃないでしょうか。しかも材料が人間というのが難しいとこで、天才がひとりいれば良くなるものでもない。まっすぐ立っててほしいけど全然立ってくれない人をどう使わなきゃいけないのかってことを、みんなで考えなきゃいけないのが演劇の不自由さだし、ある種の演劇だけが持ってる特性ですよね。

──モチベーターとして色んな空気をどう作るか、どこまでどう振る舞えばいいのかというのは毎日悩みますね。

 そこの技術だと思うんですよね、「演出」って。演技とかにダメ出しをして作品を作る人じゃなくて、稽古場を作って人や空気を動かす人。演技は役者が作ってくれないとどうしようもないから、作りやすいように演出家がいかに誘導するかしかできない。実は俺、何も作ってないんじゃないかって思うような仕事だなって最近思います(笑)。

──人を配置していく外側の設計をどれくらい上手にできるかってことですね。

 だから「稽古場論」が必要だなって思います。演劇作品はどう稽古場を作るかで大きく変化すると思うので。

 妄想ですけど、みんな演劇やっちゃえばいいのになというのが最近の僕の考え方です。以前は日本全国、世界中でもいいけど、僕の演劇を全員が観に来て僕が人気者になればいいなと思ってたけど、どうも無理っぽいのであきらめました(笑)。

 そのかわり誰もが演劇をラフに作れるよう方法を広めて、人と協力したり、「あえて」しなかったり、協力しない人の扱いを決めたり、簡単に演劇ができる状況を増やせないだろうかと考えています。

──「スイッチ総研」の広がり方はすごい面白いですよね、柴さんの手から離れたところでっていう。

 俳優でも、観客でも、演劇は作れるし作っていいし、ある種、全部を認めるというか。よく言うんですけど、「つまらない演劇」を観るのはつまらないけど、やるのは楽しいんですよ。だからって別に我慢して観ろって話ではなくて、つまらなくても「演劇」をみんなやってもいいんじゃないかと考えるようになりました。

 前田司郎さんの『濡れた太陽 高校演劇の話』(上下巻 朝日新聞出版)は読まれました? 小説なんですけど前田さんの演出論がめっちゃ詰まってる。

──読みました読みました、あれはほんといい本だと思いますね。

 演劇部の人や高校生を演出して悩んでる人がいたら勧めるようにしてますね。『濡れた太陽』読めば、だいたい必要なことは全部書いてある(笑)。

 昔は「つまらない演劇」は全部滅びろって思ってた時もありましたけど(笑)、「お客さん」を作るって発想が僕はなくなってきて、今は「作り手」をいかに増やすかってことを考えてます。

──理想の1つとして今回の「いつ高」シリーズもそういうイメージで広がってほしいので、いつか柴さんもぜひ書いてください。

 ありがとうございました。

 

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 次回は「柴幸男 インタビュー|サブカル編」になります。サブカルチャーの趣味では姉の影響を強く受けている二人。週刊「少年ジャンプ」派の三浦が小学生にして雑誌「Olive」読者だった柴さんに、ダウンタウン、岡崎京子etc…が好きだった学生時代の話を聞きます。

 

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柴幸男

劇作家、演出家、ままごと主宰。青年団演出部所属、急な坂スタジオレジデント・アーティスト。
2010年に『わが星」で第54回岸田國士戯曲賞を受賞。
東京の劇場から北九州の船上まで、新劇から北海道の小学生との学芸会まで、場所や形態を問わない演劇活動を行う。
近年は香川県小豆島に長期滞在し地域に根ざした演劇を継続的に上演している。
2014年より『戯曲公開プロジェクト』を開始、劇団HPにて過去の戯曲を無料公開中。

ままごと

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